あんなはなし こんなはなし
手を合わせるということ
人間の手のひらというのは、割と自由に動くものです。工業用ロボットがどんなに発達しても、なかなか人間の手のようには動きません。しかも、てが使えるのは人間だけではなく、類人猿、一部の熊、小さい者ではシマリスやハムスターまで、あんな小さい手が自由に動き、つかむことができます。
うちの犬は、身体の割りに手(前足の先)が大きく、案外握力があるのですが・・・ それはさておき。
手を合わせる、「合掌」(がっしょう)というのは、仏教の国、東アジア全般で見られる行為です。現在は仏教国ではない国でも挨拶の習慣として両手を身体の前で合わせ「ナマステ」「ナマシタァ」と口にする姿が見られます。ちなみに片手が荷物などでふさがっている時は、片手で「ごめんなさいよ・・」の姿でもこの挨拶はできます。
この、合掌の姿というのは、仏教圏で顕著ですが、キリスト教の文化圏でも牧師さんの礼拝の姿にそれを見ることができます。しかも、牧師さんはロザリオという念珠の様なものをお持ちですが、これは中国からシルクロードを伝い、ヨーロッパへ仏教の念珠が伝わったものだと言われています。
手の合わせ方、指の組み方はそれぞれの地域でいろいろではありますが、「うやまう」「従う」「信じる」といった姿として、最も自然なものかもしれません。
また、手を揃えるという姿は、人間固有のものではなく、前足が自由に動く動物であれば、目上の者、親、グループの上位者などに対し「従順」「尊敬」を表す姿として、見られることがあります。子犬、子猫などの授乳の基本動作として備わっているものです。自分の視線より上から手を差し出すこと(手を振り上げること)は、威嚇の意味でありますから、なんでもない手の動きが意外に重要なのです。
しかし、我々はどうして日常生活で手が合うことが少ないのでしょうか。
人間は不思議なもので、何でもないことでちょっとお世話になった人には「先日はありがとうございました」と、簡単に口にすることができるのですが、一番世話になっている人、自分の身近な者へは、それが有り難いことが如何にわかっていてもなかなかそれが行動として感謝の姿を示すことが難しいものです。
最近、手を合わせたことがありますか?
1998/02/03
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